2026年6月
日々のひとりごと一瞬で描けてしまう時代に、思い出した娘の手|AIイラストと、絵を描き続ける娘のこと
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台湾旅行の写真を、AIでイラスト風に変換してみました。
ボールペンで描いたような、味のある線画。象山のあの坂道も、にぎやかな商店街も、いい感じに"作品"になっている。顔はまったく似ていないけれど、それでも私はうれしくて。
※AIで変換した線画です。顔は本人とは似ていません。
「ねえねえ、すごくない? こんなふうにできるんだよ」
そう言って、娘に見せました。
——その瞬間、娘の顔が、ふっと曇ったのです。
娘は、ずっと絵を描いてきた
うちの娘は、小さい頃から絵を描くのが大好きでした。
コピックに、液タブ。時間をかけて、本当に時間をかけて描いていた。勉強するより、とにかく絵。教科書の余白には、いつも何かが描いてありました。
本当は、美術系の大学に行きたかったんだと思います。でも、画塾も私立の美大も、お金がかかる。そう簡単に「いいよ」とは、言えませんでした。
それでも一校だけ、デザイン系の大学を受けました。試験には、鉛筆で模写するデッサンがあって——娘のデッサンは、もう、本物みたいでした。写真かと思うほど。
結果は、不合格。そして娘は、絵とはまったく関係のない学部へ進みました。
……その進路を勧めたのは、私です。正直に言うと、いまでも少し、後悔しています。
一瞬で描かれた絵の前で
あんなに時間をかけて、あんなに苦労して描いてきた娘。その娘の隣で、AIは台湾の風景を、ほんの数秒で"絵"にしてしまいました。
しかも私ときたら、その絵を「すごいでしょ」と、能天気に見せていた。娘がどんな気持ちでそれを見ていたか、考えもせずに。
娘の小さなため息に気づいたのは、ずいぶんあとになってからでした。
それでも、娘は描き続けている
AIの絵は、たしかに"上手い"です。でも、その線の中には、娘が積み重ねた何百時間も、にじんだ涙も、入ってはいない。
中学生のころから使ってきた、娘の液タブとクリスタ。画面の傷の一つひとつが、描いてきた時間です。
そして——娘はいまも、自分の手で描いています。時間をかけて、一本一本ていねいに。まるで、AIに対抗するみたいに。あんなことがあっても、やめないんです。描くことを。
その横顔を見ていたら、私のほうが教えられた気がしました。便利だ、すごい、と無邪気に喜ぶ前に——私はまず、隣にいる人の顔を、ちゃんと見るべきだったなあ、と。
答えはまだ、出ていません。ただ、娘が今日もペンを握っている。それだけで、なんだか少し、誇らしいのです。
――もし、お子さんやご自身が「絵を描いてみたい」と思っているなら。娘が中学生から使ってきたのも、こうした液タブでした。最初の一台の、ご参考までに。