2026年6月
家計・節約のこと義実家の空き家がやってきた
ある日とつぜん、義実家の空き家問題がやってきました。正直、まったくの想定外です。
義実家はかなりの田舎にあって、義親は長く施設に入っていたので、もう何年も誰も住んでいません。家は当然のように荒れていて、たぶん……売れない。
で、こういうときの定番、「じゃあ相続放棄すればいいじゃない」。私もそう思ったんです。サクッと手放せばいいって。
……ところが。配偶者の私には相続権がなくて、相続人になるのはうちの子供たち。義親から見れば孫です。
つまり私がどうこうする以前に、バトンはもう次の世代へ向かっている。放棄しても、結局は誰かのところに回っていくだけ。なんだか、行き場のないバトンを渡し合っているみたいです。
誰も住めない、売れない、でも誰かが引き受けないといけない。うーん、これはなかなかの難問です。
思い出はないのに、責任だけはある
正直に言うと、義実家には数えるほどしか行ったことがありません。思い出らしい思い出も、ほとんどなくて。なのに「さあ、この家どうします?」と、責任のところだけはしっかり回ってくる。これがなかなか、しんどい。
ついでに、自分の実家のことも頭をよぎりました。
実家なら、思い出はちゃんとある。でも考えてみたら、私は学生のころに家を出て、よその土地で過ごした時間のほうがずっと長いんですよね。だからこっちも、正直「思い入れ」かと言われると……そこまでではないのかもしれません。
親はまだ元気なので気の早い話だけれど、いざとなったら、たぶん売ると思う。さみしさは残るんだろうけど、住まない家を抱え続けるのも、ね。
家って、最後まで住めるとは限らない
そして、いちばん考えさせられたのが、自分のこと。
私も地方に一軒家を持っています。この家を、子供たちはどうするんだろう。
家って、ずっと「建てるもの」だと思っていました。夢のマイホーム、ってやつです。でも、建てた本人が最後までそこに住めるとは限らない。施設に入るかもしれないし、子供は別の土地で暮らしているかもしれない。
そうなったとき残るのは、売れない家──いわゆる「負動産」。思い出はぎゅうぎゅうに詰まっている。でも、売れない。
これがうわさの「田舎の家問題」かあ……と、他人事じゃなくなった今、しみじみ感じています。
さて、これからどうしよう
というわけで、わが家にやってきた空き家相続問題。
正直、まだ答えは出ていません。出ていないけれど、放置もできない問題です。ぼちぼち調べて、ちゃんと向き合っていこうと思います。
その後の顛末は、またおいおいご報告しますね。