2026年6月
健康・検査のこと【MCI=軽度認知障害】見逃さないで、認知症の前のサイン——検査技師が、80代の母を思いながら
先日、母のことを少し書きました(80代の母のおすそ分けで食あたりした話)。物が捨てられなくて、賞味期限がだいぶ過ぎた食べ物もある——あのとき笑い話にしたけれど、実はちょっとだけ、心に引っかかっていることがあります。
それは、MCI(軽度認知障害)という言葉。認知症の、一歩手前の段階です。今日は検査技師として、そして80代の親を持つおひとりさまとして、正直に書いてみます。
(※この記事は一般的な情報です。心配なときは、自己判断せず医療機関にご相談くださいね。)
MCIって、なに?
MCI(エム・シー・アイ/軽度認知障害)は、ひとことで言うと、「健康な状態」と「認知症」のちょうど中間の段階です。
- もの忘れなどはあるけれど、日常生活は(工夫すれば)まだ自分でおくれる
- 65歳以上では、およそ7人に1人がMCIとも言われています
- そして大事なのは——早く気づいて対策すれば、健常な状態に戻る人もいること
つまり、「認知症の入り口」ではなく、「まだ引き返せるかもしれない分かれ道」。だからこそ、見逃さないことが大切なんです。
「年のせいのもの忘れ」と、どう違う?
いちばん知りたいのは、ここですよね。「ただの加齢」と「MCI」と「認知症」は、どう違うのか。ざっくり整理してみます。
| 加齢のもの忘れ | MCI(軽度認知障害) | 認知症 | |
| もの忘れ | 体験の一部を忘れる(ヒントで思い出せる) | 一部を忘れる(ヒントで思い出せることが多い) | 体験をまるごと忘れる |
| 進行 | あまり進まない | 進むことも、戻ることもある | だんだん進む |
| 自覚 | 忘れっぽさを自覚している | 自覚があることが多い | 自覚が薄れていく |
| 日常生活 | 支障はない | 工夫や支援があれば自立できる | 支障があり、自立がむずかしくなる |
ポイントは、MCIは「進むことも、戻ることもある」という点。ここが、希望のあるところです。
気づきたい、こんなサイン
日々の暮らしの中で、こんなことが前より増えていないか——本人も、まわりも、ちょっと気にかけてみてください。
- 同じことを、何度も尋ねる
- 物の名前が、すっと出てこない
- 約束を忘れることが増えた
- 前の日に食べたものが、思い出せない
- 新しい家電の使い方を覚えるのに、時間がかかる
- 探し物が増えた/片づけがむずかしくなった
- いつも決まった料理ばかりになった、味つけが変わった
- 賞味期限切れの食べ物が増えた
ひとつ当てはまるからといって、すぐにMCI、というわけではありません。でも、いくつも、しかも以前より明らかに増えているなら、一度相談してみる目安になります。
検査室で出会った、ある女性のこと
仕事柄、たくさんの患者さんと接します。なかでも、忘れられない80代の女性がいます。
その方は、検査でお会いするたびに、うれしそうに私の名前を呼んでくれました。「わたし、大丈夫よね。あなたの名前、ちゃんと覚えてるから」って。それが、ご本人なりの、確認だったのだと思います。
でも——お会いするたびに、少しずつ。やがて、私の名前を忘れてしまうようになりました。予約の日にちを、間違えることも増えて。ご主人の介護も重なって大変だったのでしょう、あるときは、洋服のボタンを掛け違えていたり、季節に合わない服装だったりしました。
責めるような気持ちは、まったくありません。ただ、「あの『大丈夫よね』は、不安の裏返しだったのかな」と思うと、今でも胸がきゅっとなります。サインは、こんなふうに、日常のなかにそっと現れるのだと、教えてもらいました。
母を見ていて、思うこと
……正直に言うと、最後の「賞味期限切れの食べ物が増えた」を読んだとき、ドキッとしました。
母も、80代。元気だし、しっかりしている。賞味期限のことは「物が捨てられない世代だから」とずっと思ってきたし、たぶんそれが大きい。でも最近は、同じ話を何度もくり返すことも増えてきて。「年のせい」で片づけてしまっていいのかな、と、ふと立ち止まってしまうのです。
たぶん、心配しすぎなくていいんです。でも、ときどき母の様子を気にかけて、変化に早く気づけるようにしておく。それくらいの心づもりは、持っていようと思いました。
MCIは、早期発見が大切
くりかえしになりますが、MCIの段階で気づくことには、大きな意味があります。
早く見つけて、できる対策をすることで、進行をゆるやかにできたり、健常な状態に戻れる可能性もあるからです。「変化がないこと」を良しとして、根気よく付き合っていく——そんなイメージです。
【検査技師メモ】気になったら、どうすれば?
「心配だけど、何科に行けばいいの?」と迷いますよね。
- まずはかかりつけ医に相談を。必要に応じて、もの忘れ外来・脳神経内科・精神科(老年科)などを紹介してもらえます
- 受診すると、問診や簡単な記憶のテスト(「長谷川式(はせがわしき)」という、質問に答えていく検査が代表的です)、必要に応じて画像検査(MRIなど)で、状態を調べてもらえます
- 「年のせい」と思っても、甲状腺の病気やうつ、薬の影響など、別の理由でもの忘れが出ていることもあります。これらは検査で分かり、治療できることも。だからこそ、一度きちんと診てもらう意味があります
検査の結果しだいでは、病院やお住まいの地域で受けられる支援サービスを案内してもらえます。私自身、検査でお会いする患者さんやご家族に、こうしたサービスをおすすめすることがあります。
そして、もうひとつ大事なこと。介護する側の負担です。さきほどの女性のように、ご家族の介護を抱えていると、自分のことは後回しになりがち。介護サービス(デイサービスやショートステイなど)を利用して、ご自身の負担を減らすのも、立派な対策です。困ったときの相談先として、地域包括支援センター(市区町村の窓口)も覚えておくと心強いですよ。
迷ったら、抱えこまずに、専門家へ。これがいちばんの近道です。
ひとりの食卓と、私の不安
……ここからは、自分のことを、正直に。
おひとりさまの私の食事は、たいてい、こんな感じです。お恥ずかしいのですが、現状をそのまま。
パソコンの横で、ひとり。話す相手もいないまま、黙々と食べる。味噌汁はインスタント、見栄えなんて気にしません(だって、見る人もいないから)。
そして、ふと怖くなるんです。こんな食事をしていると、「昨日、何を食べたっけ?」がすぐに思い出せない。会話もなく、頭への刺激も少ない毎日。これって、もしかして、あまりよくないんじゃないかな……と。
「これではいけない」と思いつつ、どうすればいいのか、ちょっと焦っている自分がいます。
でも、検査技師として、自分に言い聞かせていることもあります。「何を食べたか」という事実を忘れても、そのときの会話や、「おいしい」「楽しい」という感情を動かせていれば、脳にとっては大丈夫なのだと。
そのためには、たまには外食をしたり、旅行に出かけたり。心を動かす機会をつくることが、大切なのかもしれません。
おひとりさまの私も、他人事じゃない
MCIや認知症は、母や患者さんだけの話ではなく、いずれ自分も通るかもしれない道。とくにおひとりさまは、気づいてくれる人が近くにいないぶん、自分で備えておくことが大切です。
予防として知られているのは、特別なことではありません。
- 体を動かす(運動)
- バランスのよい食事、お酒は控えめに、禁煙
- 人とのつながりを保つ(会話・社会活動)
- 高血圧・糖尿病・脂質などの管理、難聴のケア
- 頭を使う楽しみ(趣味、ゲーム、考えること)
どれも、これまでこのブログで書いてきた「健康」と地続きです。淡々と、できることを続けていく。それが、未来の自分への、いちばんのプレゼントなのかもしれません。