2026年6月
日々のひとりごとアサイーボウルのブームに思うこと──流行は巡る、そして私たちは“踊らされて”いないか
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先日、軽井沢のアウトレットで、アサイーボウルを持ち帰りました。そのひと口を味わいながら、ふと、いろいろなことを考えてしまったので、今日はそのひとりごとを。
年を重ねると、若者文化に触れにくくなる
まず思ったのが、これ。
若者文化に触れる機会は、年を重ねるにつれて、確実に減っていくんですよね。日常の行動範囲や人間関係が固定されるほど、新しい流行に「自然に出会う」ことが、どんどん少なくなる。気づけば、世の中で何が流行っているのか、よく分からなくなっている——そんな自分がいます。
アサイーボウルの、あの熱狂
少し前に、アサイーボウルのブームがありましたよね。
どこへ行っても売り切れ、という話を耳にするほどの熱狂ぶり。きっかけはSNSなのか、それとも著名人の発信なのか——その影響力の大きさには、改めて驚かされます。実際にカフェに行けば、若者たちがこぞってアサイーボウルを注文している光景が広がっていました。
娘も、すっかり取り憑かれていた
実は、わが家の娘も、このブームにどっぷりでした。「アサイーボウル、アサイーボウル」と、取り憑かれたように連呼して、あっちのお店、こっちのお店と食べ歩いて。そして母は、そのたびに——振り回されるように、連れて行かれるのです(笑)。
お店ごとに、トッピングも見た目もさまざま。並べてみると、「よくもまあ、こんなに……」と、あきれ半分、ほほえましさ半分。若者の熱量って、本当にすごい。そして——その熱に巻き込まれる母も、実はまんざらでもなかったりするのです。
でも、これ“前にも”流行ってなかった?
そこで、ふと疑問に思ったんです。
アサイーボウルって、実は以前にも一度、流行していたはず。 まだSNSが今ほど普及していなかった頃に。それが一度落ち着いて、そしてまた今になって、再びブームとして戻ってきた。
この現象は、いったい何なのでしょう。日本特有の“流行の巡り”なのか、それともSNS時代ならではの、加速された再流行なのか。最近はその熱も、少し落ち着いてきたように感じますが……。
私たちは、踊らされていないだろうか
こうしたブームの波を見ていると、ふと思ってしまいます。
私たちは、何かに“踊らされている”だけではないか、と。
もちろん、流行を楽しむこと自体は、悪いことではありません。でも、次から次へとやってくる波に、ただ乗っているだけなのだとしたら——ちょっと立ち止まって、考えてみたくもなるのです。
【検査技師のひとりごと】“健康食品”と、理想の体型
職業柄、もうひとつ気になることが。
アサイー自体は、栄養価も高く、体に良い食品だと言われています(抗酸化物質などが豊富、と)。それは本当だと思います。
でも——広告やSNSで目にするのは、決まって、スリムなモデルのような人たちが楽しんでいる姿。「健康的な食べ物」というイメージと、「理想的な体型」の象徴が、いつのまにか結びついている。その組み合わせが、私たちの「食べたい」「あやかりたい」という気持ちを、より強く後押ししているのかもしれません。
念のために言うと、アサイーは“食べれば痩せる魔法の食べ物”ではありません。どんなに体に良いものでも、それだけで何かが劇的に変わるわけではない。結局は、バランスなんですよね。数字や検査と向き合う仕事をしていると、つい、そんな冷静な目で見てしまいます。
それでも、おいしくいただきました
——なんて、あれこれ考えながらも、私はしっかり、持ち帰ったアサイーボウルを完食しました(笑)。だって、おいしいんですもの。
そういえば。ブームのまっただ中は、家でも食べたくて冷凍アサイーを探したのですが、これがどこも売り切れ。やっと見つけたときの、うれしかったこと。今となっては、いい思い出です(笑)。ブームも落ち着いて、今はずいぶん手に入りやすくなりました。おうちで作るのも、気軽でおすすめです。
この商品がどこも売り切れで、探しました!今となっては、いい思い出です。 |
流行を楽しむことは、悪くない。ただ、その裏側にある仕組みや心理を、少し距離を置いて考えてみることも、大切なのではないかな、と思うのです。
踊らされるのではなく、わかったうえで、おいしく楽しむ。そのくらいの距離感が、おひとりさま中高年には、ちょうどいいのかもしれません。