2026年6月
日々のひとりごと卒業の色紙に書かれた、あの言葉を忘れない
今日、健診で懐かしい顔に会った。受付の名前を見て、あれ?と思った。娘の、同級生だ。すっかりきれいなお嬢さんになっていて、私はつい微笑んでしまった。ああ、あの子がこんなに大人になって。月日ってすごいなあ、なんて。でも、その次の瞬間、忘れていたはずのことを思い出した。
あの色紙のこと
娘が学校を卒業するとき、クラスのみんなで色紙を書き合う、というのがあった。「がんばってね」「元気でね」。そういう言葉が並ぶ、あの色紙だ。親も見るし、たぶん他の子も目にする。だからみんな、それなりにあたたかい言葉を選ぶものだと思っていた。でも、その子が娘に書いた言葉は、違った。
ここに具体的には書かないけれど、はっきり言って、人に向けて書いていい言葉ではなかった。卒業の記念に残るものに、わざわざ。しかも、親である私の目にも触れるとわかっていただろうに。何も思わなかったんだろうか。受け取った娘が、どんな気持ちだったのかは、わからない。娘は何も言わなかった。ただ、色紙はカバンの中に、そのまま入れっぱなしになっていた。
あの日、私は
それを見つけたとき、私は悔しくて、悔しくて、その色紙を握りつぶしたのを、今でも覚えている。手のひらの中で紙がぐしゃっとなる感触まで、覚えている。親って、不思議だ。自分が言われたことより、子どもが傷つけられたことのほうが、ずっと許せなかったりする。私はそのとき、思った。
——絶対に、忘れない。
——この子を、守る。何があっても、ちゃんと育て上げて、いつか胸を張れるようにしてやる。半分は誓いで、半分は、ただの母親の意地だったのかもしれない。それでも、その気持ちは本物だった。
そして、今日
あれから、何年も経った。娘は、ちゃんと育った。自分の足で立って、自分の人生を歩いている。私が握りつぶしたあの色紙のことなんて、もう知らなくていい、と思えるくらいに。だから今日、私は何事もなかったように、その子の検査を担当できた。きれいなお嬢さんに声をかけて、いつも通り、てきぱきと仕事をした。手が震えることも、声が上ずることもなかった。向こうは、覚えているだろうか。たぶん、覚えていない。でも、もらった方は、ずっと覚えているものなんだよ。
それでも、もういい。私はもう、あの色紙を握りしめなくていい。手のひらを、開いていい。今日はそういう、静かに区切りがついた一日だった。
こういう、誰にも言えなかった本音を、ここにそっと吐き出しました。